"99.07.22"Issue

建設機械が見放題,乗り放題
Connet’99見学レポート
何でも運転手のあいば氏の実力,ここに証明さる

 7月14日から17日の3日間,東京ビックサイトにて”CONET'99 〜平成11年度 建設機械と新工法展示会〜”が開催された。これは日本建設機械化協会が主催する展示会で,国内のおよび海外メーカーの日本法人がこぞって最新建設機械を展示する。
 例によってILMA研究所と桜川重工,高倉航空産業に加え,オクタマ艦隊司令あいば氏の総勢4名で情報収集を行った。

小松のシミュレーターに挑戦!
  4名が会場で真っ先に向かったのが小松製作所が特別展示している大型シミュレーター。操作系と乗り心地の設計用に開発されたもので,中型のフライトシミュレーター並の大きさを持つ。油圧とおぼしき大型シリンダーでドライバーの操作を忠実に反映する。
 同会場ではタイムトライアル大会を行っていて,一同は早速挑戦することに。先発はILMA研究所。前半は好調に進んだが,後半でライン取を乱し,岩に左キャタピラを引っかけてあえなく敗退。タイムは1分30秒近くとなってしまった。一方あいば艦隊司令は見事なキャタピラ捌きで順調にタイムを伸ばし,1分10秒台をマーク。初挑戦にもかかわらず,建機操縦のプロを差し置き,あと数秒で景品の「コマツ特製パワーショベルミニカー」を手にするところまで至った。
 同シミュレーターのポイントは「いかになめらかなラインをとるか」に尽きる。急な旋回はそれだけ内キャタピラを減速させることになるからだ。次回必勝を胸にあいば艦隊司令とILMA研究員はコマツをあとにした。

全機種,操縦席に乗り放題
 次に訪れたのが神戸製鋼所だ。ショベル「DynamicAceraシリーズ」は戦闘機のような機能的なコックピットを持つ。内対向する2本のスティックは機能的で右の前後が第一関節,左の前後が第二関節を駆動する。右の左右はバケットの前後,左の前後はキャビンごと左右旋回する。前部のレバー2本でキャタピラを駆動するが,連動ペダルも搭載されており,海外のユーザーは足まで使い,全体を体の一部のように動かすという。
 神戸製鋼所に限らず,すべてのメーカーはどんなに大型の建機でもコックピットを開放していた。展示会なのだから当たり前なのだが,なかなか強烈な体験だ。一同はその後,巨大建機をみつけてはよじ登る,を繰り返すことになる。


参考出品の新型建機も続々

 新キャタピラー三菱では,参考出品の大型ホイールローダーを展示した。着座位置はかなり高く,真ん中にハンドルがあるが,高さと視界の広さはもはや巨大ロボットのコックピットを思わせる。
 座ってみると無骨な外観からは想像も付かないほど,繊細なメーター類と快適な乗り心地に驚く。キャビンは広く,エアショックを装備したシートは一般乗用車を遙かに上回る出来。エアコン,カセット,ドリンクホルダーまで装備されており,このままツーリングに出かけられそうな快適装備だ。
 ショベルに続いてILMA国際会議室で話題を集めたアスファルトフィニッシャーでも見所が多数あった。中でも新キャタピラー三菱製はこちらでも新型を出品。二人乗りの大型機で,コックピット側には液晶を始め,高度に電子化されたパネル類が所狭しと並ぶ。バケットも巨大で,精巧な作りは目を見張る物だった。
 ヴィルトゲン社と酒井重工が展示していた,自走式破砕機は独特のデザインが魅力。油圧シリンダーで伸びる足は機種によっては左右非対称の三脚型のものなどもあった。

さらに酒井ではタイヤローラーを多数展示。中でも参考出品のTZ700はその美しいラインとカラーリングで観客を圧巻していた。低重心でタイヤの見切りがよく,高い作業性を持つという。

 

 

光ったあいば氏の操縦テク
 小一時間で会場の大物を見学したあと,一同は集合,体験乗車コーナーへと向かった。こちらはシミュレーターではなく,本物に乗れるというもの。早速タイヤローラーに試乗してみた。タイヤローラーの基本操作は前後進レバーとハンドルのみ。まず,スロットルを低めに固定し,あとは前後進レバーで無段階に減速比を調整できる。ステアはボディ中央から中折れして曲がるため,前輪と後輪が全く同じ場所を通る仕組みになっている。デフも無い割に低速でもステアは意外と軽く,油圧パワーを思い知らされた。
 ここでもあいば氏は「何でも乗り」の才能を遺憾なく発揮。きれいに旋回したあと,バックで車庫入れ。スタート位置に一発でぴたりと止め,感嘆の声が上がった。
 最後に一同はレーザー水準器,など,イカす小物も一通り見たあと,クラシック建機コーナーへ。そこには三菱製の国産初のパワーショベル,コマツ製のブルドーザー,日立のパワーショベルの3台があり,むさぼるように撮影。空腹を抱えつつも,心は満足状態で会場を後にした。

 しかし,幸せだったのはここまで。その後一同は桜川重工へ移動。怒濤のNU-EN表紙入校作業が夜まで行われることとなった。