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プロジェクトXと西堀栄三郎のこと(嘘はいかんよ,嘘は) 松浦 さん 2001年03月30日(金) 05時30分
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 すんません,あまり伸びないと思いますけれど,スレッド一つたてますね。

 実は今、ぼつぼつと西堀栄三郎:第一次南極越冬隊の隊長さんだった人ですね、の文章を読んでいます。元はと言えば、NHKが「プロジェクトX」で、あまりに嘘っぽい感動物語をやっていたので、「本当かいな?」と思ったのがきっかけだったのですが。

結論から言うと「プロジェクトX」,かなり嘘が多いです。それも,事実の取捨選択というノンフィクションで通常許される範囲を超えて,「脚色」が行われています。

 たしかにとっかかりとしては良い番組なのですが,後で自分でフォローしておかないとあぶないな,と思います。「感動」はいいんだけれども,なんでもかんでも「赤軍の英雄的突撃」でかたずけちゃう,旧ソ連の中学歴史教科書になっては話にならない。

で,「プロジェクトX」南極越冬隊編の嘘

・これは気が付いた人も多かったようだけれども,現場で越冬を決めたというのは嘘。西堀は事前に越冬をするつもりで徹底的に準備をすすめていた。最後まで永田が決断を引き延ばす形にしていたが,事実上越冬することは決まっていた。
 だから,西堀が永田を訪ねて「やりましょう」といったというくだりは限りなく嘘に近い。

・ホンダが寄付したことになっていた風力発電機。あれはホンダが自発的に持ち込んだのではなく,西堀が本田宗一郎に頼み込んで作らせた。しかも,現地では使われることなく,氷の海に流れていってしまった(あの流された荷物の中にはいっていたわけです)。
 未確認だけども,ソニーが自発的に通信設備を寄付したというのも,おそらく西堀が「よこさへんか」と交渉したのでしょう。

・永田のところにある日西堀がやってきて,「私は南極に一番詳しい男だ」といったというのは嘘。
 実際は,科学者の永田は観測のことしか頭になく,「南極にいくということは,そこで生活することだ」ということに,かなり準備がすすんでからやっと気が付いた。さあ,人材がいないぞ,というので日本山岳会に適当な人材の紹介を頼み,候補(といっても西堀と,加納一郎しかいなかった。加納は体が弱かったので,事実上候補は西堀のみ)から,東大学長だった茅誠司が西堀をくどき,永田に推薦した。
 ちなみに,西堀と永田はことごとく衝突し,関係者はその角逐を「NNカップリング」と称して恐れたそうだ。

・双子が生まれた隊員の話。実は双子ということは出発前にわかっていた(当然だよね。心音でわかるから)。その上で男か女か,だったわけ。放送では,一人のつもりが二人だった,というニュアンスで紹介されていたがそれは嘘。

 いや,調べてみるもので,例えば朝日新聞記者だった田英夫(後の社会党議員ですね)が,越冬隊についていっていたり,西堀の「南極越冬記」(岩波新書)は,西堀メモを元に本多勝一がゴーストライターを務めたとか,いろいろありますねえ。
 面白い話はいくらでもあるのに,「プロジェクトX」ではそれを無視して,どうでもいいところで感動話にしているのがなんとも。

 以上,ちょとと調べてみた結果です。


 そして私は調べるほどに西堀にひかれるものを感じたのでした。なかなかの人物ですよ,このじいさん。人生も人格も,とても風通しがいい。

 永田は自分から「僕は官僚だから」と言ってしまうような秀才タイプにして官僚タイプ。ボトムアップの意見集約が得意で、南極越冬に関しては「慎重にも慎重を期して、最初の観測隊は基地を設営するだけ。確信が得られたら二年目以降に越冬を行う」という態度でした。
 一方西堀は京都大学山岳会創設メンバーで登山家にして現場技術者で品質管理の専門家。彼は「最初から越冬をしなければダメだ。まず越冬をすると決めて、それに耐えられるようにありとあらゆる準備をするんだ。それでも必ず不慮の事態というのは起こるに決まってるんんだから、それはその場の創意工夫で乗り切るんだ」という態度でした。

 端的なエピソードは、永田は「越冬ができると分かったら越冬をする」と言ったのに対して西堀は「越冬に耐えられる奴を連れて行けばいいんや」と主張したとか。

 越冬のために西堀はありとあらゆる準備をします。それこそ南極一号なんてものを準備するほどに。それで11名で見事越冬を成功させたのです。

 私はこの西堀の思考に惹かれるものです。まず「やる」と決めてしまう。そしてありとあらゆる状況を想定して準備をする。それでも予定外のことは必ず起こるのだから、それはそのときそのときの判断で乗り越えていく。そうすれば必ず目標を達成できるというあきれるほど肯定的な思考ですね。
西堀語録に「石橋をたたいたら渡れない」というのがあります。一度橋をたたき出したら疑心暗鬼になって渡れっこない。まず渡ると決めてしまうんだということです。

 そんな西堀は激しい毀誉褒貶にさらされました。彼を揶揄する言葉に曰く「ブランコがあったら乗らずにはおれない奴」、でもこれは素晴らしいことじゃないかと思う。ブランコの鎖が切れちゃうんじゃないかと心配して、結局ブランコに乗らないよりはね。

 そんな西堀は若者を育てるこつとして「図に乗らせることだ」と常々言っていたそうです。なにかをやってもってきたら、「そりゃええなあ」と言う。すると、そうか俺は正しいのか、と調子にのって、本当に調子が出てくる。それが力になるんだというわけですね。

 だから西堀門下の若者は皆、やわらかい京都弁で「そらええなあ」という言葉に感激し踊らされたそうです。みんな後で「え。お前もか」と気がつくけれども、そのときにはもう実力が付いているわけです。

 そんな西堀は,帰国後原子力開発,なかんずく原子力船「むつ」の開発に従事するのですが,こちらは南極ほど彼の意志が通らなかったようです。
 やはり国民的支援を背景に,官僚と対峙できた南極越冬と,利権としがらみがどろどろにまつわりついていた原子力では大分差があり,いかな西堀でも力がでなかったようです。

 晩年,原子力のことを聞かれると「ううむ」とかなんとかいって多くを語らなかったそうです。

松浦


  • 伸びなくてもよいのです。 おかちん さん HomePage 投稿日:2001年03月30日(金) 14時13分
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    久々の松浦さんのパワースレッドですな(^o^) 大歓迎どす。

    ふうむ,番組の印象とはかなり違いますね。越冬をその場で決めたってのは
    ちょっと考えられないな,という印象を私も受けていましたが,やはりそう
    でしたか。

    番組の長寿化が原因でしょうか。いつの間にか「感動ストーリー」であることが
    絶対視されるようになったりとか,制作が間に合わなくなって取材が足りなく
    なったりとか。綿密な取材で見つかった面白い話が感動を呼んでたのが,いつの
    間にか感動する話を作ることが目標になっていった。
    結果と目標がすり替わるわけですな。うーむ,自戒したい話です。
    もっと制作ペースを落とせない物でしょうかね?アンコール放送や前後編を増やす
    のはすでに打たれている手ですが,いっそのこと隔週にするとか。中高年の
    お父さんは忙しいから,それでも十分なんですけど(^^;

    >双子の真相
    なるほど。心音確認は胎児の健康診断の基本中の基本ですから,気づかない訳が
    ないですね。うーん,こんなところで水増ししても感動は変わらないと思うのだが。
    いいですぞ,男女の双子は(以下略)。

    >西堀さん
    「ブランコがあったら乗らずにはおれない奴」ですか。いいですね。仕事の中で
    この思考が持てるのは素晴らしいことです。私がダメなのはこれを遊びの中でやって
    しまうことだろうなあ。「欲しいプラモがあったら買わずには...」。ああダメ(TT)

  • 松浦 さん 投稿日:2001年03月31日(土) 08時00分
    [Mozilla/5.0 (Macintosh; N; PPC; en-US; m18) Gecko/20001108 Netscape6/6.0]  
    >>綿密な取材で見つかった面白い話が感動を呼んでたのが,
    >>いつの間にか感動する話を作ることが目標になっていった。
    >>結果と目標がすり替わるわけですな。

     多分そうなんだろうと思う。

     前に書いたかも知れないけれども,メディアが陥る自縄自縛は,60年以上前にジョージ・オーウェルが名エッセイ「象を撃つ」(確か岩波文庫「オーウェル評論集」で読める)で余すところなく指摘されている。

     オーウェルは,若い頃に英領インド(だったはず,ちと記憶があやしい)で警官をしていた。ある日,使役用の象が逃げたという連絡が入る。オーウェルは象に銃を向けるが,逃げた象は静かに水を飲んでいた。どんどん物見高い群衆が集まってくる。スペクタクルを期待する目つきで,オーウェルを見つめる。
     群衆の視線に絶えられなくなった彼は,おとなしくしていた象を射殺してしまい,群衆は満足する――。

     何度読み返しただろう。私自身の「ものを書く・事実を知らせる」の原点にあるエッセイです(いや,だから,私はK上御大に賛成できんところがあるのよ。彼は「人民が望むならじゃんじゃん象を撃ち殺せ」という人だから――っておかちん氏しかわからん話ですが)。

     いろんな意味でオーウェルには影響を受けたなあ。スペイン戦争の人民戦線に自ら義勇兵として参戦し,人民戦線の崇高さと堕落を描いた「カタロニア賛歌」,スターリニズムの偽善を,童話の形で切って捨てた「動物農場」――もし機会があったら読んでみてください。実のところ世評高い「1984年」は,私には面白くなかった。

    ちと話が藪に入りすぎました,ここらにて。松浦


  • おかちん さん HomePage 投稿日:2001年04月01日(日) 07時32分
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    >象を撃つ
     私も聞いたことのあるエピソードですが、本が出ていたんですか。これは是非
     読んでおかないと。現在もけっこういろいろ出ているんですね(ここを押して
     うーむ、どこを買うべきか。